冠婚葬祭に見る、歴史と費用の変化

2020/09/08

実は大きく変化している冠婚葬祭

冠婚葬祭というのは時代によって大きく変化します。現在では当たり前に行われている成人式も実はそこまで長い歴史を持つものではないのです。もともとは武士の習慣である元服をもとにして行われている儀式ですが、現在のように20歳からを成人として認め、そのお祝いとして成人式を行うようになったのは戦後のことです。特別に専門的な資料を調べるのでなければ、成人式は遥か昔から現代と同じように行われてきたものだ、と思い込んでいたとしても無理はありません。
こうした儀式というのは時代によって隆盛があり、その時代にはやっているものや経済的なものが繁栄されるものでもあるのです。

葬儀と結婚式の共通の変化とは

冠婚葬祭の冠以外の儀式についても同様のことが言えます。結婚式はかつて非常に盛大に行われていました。もともとの風習としては神前式で神に対して婚約の契約を行っていたのに対して、現在ではそうした式というのはあくまで儀式的なものになり、メインで行われるのは披露宴になっています。
葬儀も同様にもともとメインとなるのは葬儀式という現世への引導を切る宗教的儀式であったのですが、今ではお通夜と告別式がメインとなっています。
葬儀に参列した人の中にはどこが葬儀でどこが告別式なのか結局わからなかったという人もいるでしょう。

冠婚葬祭の費用を大きく分けるのは披露宴と通夜・告別式

核となる葬儀式の部分に関しては大きく変化はありませんが、その他のお通夜と告別式に関しては時代によって大きく変化します。結婚式の披露宴のように、どういった規模でどのように行うのかによって、規模や行う方法によって費用は大きく変化するのです。
小規模な披露宴であればそこまで大きな費用はかかりません。同じように葬儀も小規模のものであれば大きく費用はかからないのです。もちろんご祝儀やご香典の総額が変わるため、持ち出しになる費用に関しては一概にどうだということはできません。

葬儀の対象は「セケン」から「ウチ」へ

披露宴や通夜・告別式の変化に経済的な理由があるのは間違いありません。景気の良い時にはより大規模な披露宴や通夜・告別式が行われることが多くなるのは間違いありません。しかし、費用の面を除いても変化が起こっているのもまたひとつの事実でしょう。
社会の変化として、個別化が住んでいるということがひとつとしてあります
日本の文化のひとつの特徴として、「世間」というものがあります。従来の日本の文化は土地とともにあるものであり、また家というものを中心として考えられているものでした。
「家の恥」「世間様に顔向けができない」という考えはその最たるものでしょう。家の構成員が世間に対して何かをすれば、その評価が返ってくるのは本人だけでなく、その人が所属する家にも同様に行われたのです。
葬儀というのは亡くなった方に対して行われるものですが、それと同時にその家を評価するものでもありました。
故人にふさわしい葬儀をきちんと行うことができるかどうか、というものを見られる場でもあったのです。そのため葬儀を行う喪主が、親戚やその他の関係者に家というものを示す場が葬儀だったのです。
しかし、現在ではそうした考えは変化してきました。都市部を中心に葬儀の役割は変化してきているのです。
もちろん現在でも社葬などの形で大規模な葬儀を行うこともあるでしょう。しかし、家から個人へと社会を構成する主要素が変化するにつれて葬儀によって何かを判断するという要素がなくなってきたのです。
そうしたなかグリーフコントロールという役割として葬儀が行われるようになりました。故人に別れをするという役割の葬儀において、主要な参列者は近親者や親しい友人だけとなりました。現在の葬儀の主流が家族葬という形式になっているのは経済的な理由だけでなく、そうした社会の変化も一因としてあるのです。

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