葬儀と結婚式に見る、その儀式の構成と消費者の選択
もともとは宗教的儀式であった冠婚葬祭
冠婚葬祭という言葉があります。冠婚葬祭の冠は成人式、婚は結婚式、葬は葬儀式、祭は葬儀後の法要を表す言葉です。
よく冠婚葬祭のマナーという言葉を耳にします。冠婚葬祭という儀式には一定の手順やしきたりがあるため、その実施や参加に際してはそのマナーを知っておかなければ失礼にあたるとされているからです。結婚式と葬儀式に対する比較についてここでは考えてみようと思います。
「大」結婚式の中に「小」結婚式と披露宴がある
結婚式をしたことのある人であればある程度、段取りやその習慣に詳しいでしょう。これらの習慣というのは一体だれによって教えられたものなのでしょうか。
結婚式は大きく分けて披露宴と結婚式に分かれます。一般的に結婚式に参加すると言った場合には婚姻を確認するための儀式としての結婚式ではなく披露宴のことを指していることがほとんどでしょう。また、結婚式の本来の意味である誓いの儀式などを行う式は神前式やキリスト教式などさまざまな方式がありますが、神仏の前で結婚の誓いをする点では一緒です。
儀式的結婚式は決まっているもの、結婚披露宴は自由に行うもの
ここでは結婚式の全体の中の、披露宴と結婚式を分けるために、結婚披露宴のことを披露宴、婚姻を確認するための儀式的結婚式を結婚儀式と呼びます。
結婚披露宴の場合、式を行うにあたってブライダル関連の業者に委託をするのが一般的です。式場を所有しているブライダル業者やホテルなどの場所に対応してくれるブライダル業者に依頼して、式の詳細を決めていきます。その際に結婚式の大まかな流れやパック的なものを見てある程度の知識を得、他の業者などと比較検討しながらその形を作っていくものです。もちろんある程度の形が決まっているものもあります。
一方、儀式的結婚式の場合には、型がほとんど決まっています。神社や教会、寺院に依頼した段階で、その施設の提供する形式が提示され、それに沿って式を進めていくだけになります。また、儀式的結婚式には原則親族などのごく一部の近しい人間しか出席しません。
兄妹などの場合(儀式的)結婚式と(結婚)披露宴に出席するのであり、友人の場合には(結婚)披露宴に出席する、というのが正しい表現です。
葬儀は決まっているもの、お通夜や告別式は自由に行うもの
実は葬儀というものも同じような構成でできています。
葬儀に出席すると言った場合何に出席するのかということが明確ではない場合がよくあります。
現代の葬儀というものは、お通夜、葬儀式、告別式の構成でできています。ややこしいことですが、葬儀式のことも葬儀と一般的に呼びます。結婚式の構成に儀式的結婚式と結婚披露宴があったように葬儀も同じように分類をすることができます。儀礼的結婚式にあたるものが葬儀式、結婚披露宴にあたるものがお通夜と告別式です。
葬儀式で宗教者は何をしているのか
葬儀の場合、宗教的な儀式に当たるものは葬儀式です。結婚式が神仏への誓いの場であるのに対して、葬儀式の場合には故人に引導を渡すことになります。引導を渡す、というのは亡くなった人がこの世の人間ではないということではないということを認定する儀式です。宗教者によってこうした儀式が行われることによって、人は鬼籍に入って亡くなった人であるということになるのです。
一方でお通夜や告別式というのは宗教的な儀式ではなく慣習に近いものでしょう。僧侶などの宗教者が来ることからもわかるように、もともとは宗教的なものでした。現在でも枕経などをあげますが、特に全体の手順が決まっているわけではありません。
お通夜の役割と告別式の役割
お通夜の現実的な役割は、亡くなった人がまだ亡くなっていなかった場合に誤って埋葬してしまうことを避けるというものや、遺体を深夜ではなく日中に埋葬するため寝ずに番をするというものがあります。特に現在のように都市化が進んでいない時代には亡くなった人の遺体を自宅に保管しておくときに死臭によって獣などが集まってきてしまう可能性がありました。一晩中線香を絶やさずにおく、というのはそうした臭いの面での対策でもあったのでしょう。
一方、告別式というのは他の式や習慣と比べると非常に歴史の浅い式です。告別式が作られたのは大正時代のこと。当時は自宅で葬儀を行ったのちに遺体を埋葬場所や火葬場所まで列をなして運ぶというのが一般的な風習でした。葬儀式は宗教的儀式であるため、一般に広く開放するものではありませんでしたが、葬列はどうしても近所や同じ町内の人の目に触れることになります。そのため、家の格を示すために、親族だけではなく葬列業者などに頼んで葬列をより華美にしてもらったという記録があります。
葬列の記録の中には「家がお金持ちだと住み込みの看護師がいる」と、当時言われていたため、葬列業者に頼んで看護師の仮装をした人を葬列に参加させてもらったというものもあります。
こうしてどんどんと華美になっていった葬列に代わって行われるようになったのが告別式です。告別式はその名の通り、別れを告げる式です。今風に表現するのであれば「偲ぶ会」や「お別れ会」に当たるでしょう。現在では「お別れ会」である告別式が「宗教的儀式」である葬儀式と合わせて行われるようになっています。
現在ではお通夜と告別式がほぼ同じようなものとして扱われています。そのため一般葬で行われる場合には、弔問客はお通夜か告別式のどちらかに出席すればいい、というのが一般的な考え方になっています。
お通夜や告別式をアレンジすることはあっても葬儀をアレンジすることはない
葬儀に何度か出席したことがある人でも、今行われているのが告別式なのか葬儀式なのかということが分かっていない方もいらっしゃるかもしれません。
葬儀式の流れや費用などに関して打ち合わせをしたことがある人はほとんどいないはずです。葬儀式の内容をきちんと説明できるのは本業の僧侶の方だけでしょう。そのため、葬儀式の内容に関しては完全にお任せになっており、ほとんどの人はその内容に関与していないのです。葬儀式という儀式に関しては、儀式的結婚式と同じように親族、もしくは近しい家族だけが出席することになります。
一方、お通夜や告別式は、結婚式の披露宴にあたります。そのため、その内容に関しては消費者が自由に決める内容になるのです。披露宴のように何人が出席するのか、それとも親族だけで行うのか、ということを自由に選択することができるのです。
葬儀に参加する人数は以前とは異なり、縮小傾向にあります。その背景には披露宴やお通夜、告別式に対する考えの変化があります。
以前はそうした冠婚葬祭の儀式を地域や親戚、知人友人などと広く共有し、行っていくのが当たり前とされてきました。しかし、隣に住んでいる人がだれかわからない、近所付き合いがほとんどない、会社の人と個人的な付き合いがない、という現代ではこうした個人に関わる冠婚葬祭への関りも少なくなってきています。
葬儀に関してきちんと覚えておいてほしいことは、「葬儀式」と「通夜・告別式」は別物であるということです。葬儀式は宗教的儀式であり宗教者主体で行われますが、通夜・告別式は葬儀業者によって開かれる「お別れ会」のひとつなのです。その施行にあたって、喪主や遺族はあくまで消費者であり、業者に委託して行うものです。その内容については特別にこうだと確立したものはなく、消費者が自由に行うものなのです。
家族葬の形式で葬儀を行うことはなんら問題がない
披露宴を小さな形で行ったり、お祝いパーティを小規模な知り合いのみで行ったりするように、お通夜や告別式を小さな規模で行うようになっているのもこうした社会の細分化によって起こっているものです。
情報化が進み個人間のつながりが強くなった結果、組織や共同体という形のコミュニティは少しずつ力を失っていきました。慣習や伝承などよりも、個人の選択や意思が多くのことを選択しなければならない時代になってきています。
自分で情報を仕入れ、必要であると思ったものは選択する。必要ないと判断したものについては選択しない。それが現代を生きる消費者であるわたしたちに課せられた義務でもあります。
家族葬というのは、そうした多くの消費者が選択したひとつの葬儀の形です。不特定多数の人に故人の死を伝え多くの人でその死を悼むのではなく、本当に親しかった人だけで故人の死を悼むというのが現代の多くの消費者が出したひとつの結論なのです。





