経済状況の変化と家族葬の発生の必然
時代によって移り変わる葬儀という儀式
葬儀は時代を映す鏡でもあります。冠婚葬祭はその時代の経済状況や物事に対する考え方が顕著に表れるからです。
近い例を挙げるのであれば、日本中が好景気に見舞われた1980年代の後半のバブル期。この時期の経済は非常に好調であり葬儀は非常に大規模な形式で行われていました。
1990年頃の葬儀は、故人の葬儀であっても会葬者が200人以上参列するというのが一般的だったのです。
高度経済成長期にも葬儀はその様相を変えていた
これ以前の葬儀と大きく異なるものとしてお通夜があります。お通夜は高度経済成長期に至るまで立ち位置が現在とは違うというものでした。お通夜は家族だけで行うものであり、喪服などを着ることなく、遺族だけで執り行っていたのです。こうした風景が当たり前のことであり、逆にお通夜に香典を持って弔問に訪れようものなら礼儀を知らないと言われてしまうほどでした。
かつてはお通夜は遺族だけで行われるものだった
こうした変化というのは経済の変化とともに起こっています。高度経済成長期には消費の拡大がありました。また、それまでとの大きな社会の違いとして移住する人が多くなったことがあります。戦後都市部への集団就職などが行われるようになり、それまでのように地域や土地を中心とした社会が企業を中心とした社会に変化して行ったのです。
それまでの冠婚葬祭を取り仕切るのは地域の役目でした。しかし、それが大きく変化して行き現在のように葬儀業者が葬儀を取り仕切るようになっていったのです。それに伴って葬儀の様相も変化して行きました。葬儀業者や互助会などによって葬儀の形は少しずつ変わっていき、お通夜もかつての遺族だけで行う故人との別れの儀式という立ち位置から、亡くなって一番に行われる外に向けた儀式へと変化して行ったのです。
葬儀に参列する人数の変化は
また、バブル経済期には消費することが正しいとされていました。そのため、葬儀もできるだけ規模を大きく大々的に行うのが正しいとされたのです。そのため現在からでは想像することができないかもしれませんが、一般葬という形で200人を超える規模での葬儀が執り行われたのです。
現在の葬儀の傾向としては多くても50人、少なければ10人前後という規模で執り行われている葬儀が一般的となっています。家族葬という呼び名で以前の葬儀とは画して呼ばれることが多くなりました。一般の参列者を募ることなく、葬儀を執り行うこの形式は都市部を中心に広がっており、非常に多くの人がこうした新しい形式の葬儀を執り行っているのです。





