わたしたちが葬儀の中で学んできたこととは何か

2020/05/01

時代の映し鏡である、お葬式というもの

葬儀というのはその時代の風俗や習慣そして時代の経済状況というものを反映しています。現在の葬儀の傾向は、家族で行う小規模のものが多くなってきました。従来の葬儀のように一般の弔問客に参列してもらうことなく、参列者は家族やごく親しい友人だけで行うのが当たり前になってきました。
しかし、子どもを葬儀に連れて行かない親も多くなってきているそうです。それは人が亡くなったときの「死」というものを知らせずにいたいという親心からでしょう。一方で、現在の教育の中では命の授業なども行われています。

「死」というものを現代の社会で体感するときは

従来わたしたちが、「死」というものを概念としてではなく実感として感じられるのは長らく飼っていた動物が死んでしまったときか、親戚が亡くなったときだけでした。しかし、ペットも飼っておらず、葬儀に出席するということもないのではそうした実感を得ることができる機会がなくなっているからです。

「死」に対する考え方というのは世界共通ではない

葬儀のひとつの役割として、「死を学ぶ」ということがあります。一人の人間の葬儀を見て、そしてその死に対してどのような行動をとっているのか、ということを見て、体でその感覚を学んでいくのです。死に対する行動というのはひとつの文化でもあります。
例えば世界的に有名なメキシコの「死者の日」というものがあります。11月1日と2日に行われるこの祭りはお菓子や花、お酒などを用いて盛大にお祭りするものです。日本のお盆のように死者が帰ってくる祭りですが、日本のように悲しみとともに故人を思い起こすのではなく、故人が帰ってくることを楽しみにしながら演奏をしたり、お墓を装飾したりするのです。
こうした文化はメキシコのもとになっている「アステカ文明」に由来しているそうです。古くから伝えられてきた祭りであり、それを文化として継承しているのです。

葬儀を執り行うために必要なこと

現在のわたしたち日本人は、葬儀というものをそして死というものをより現実から遠ざけようとしているように思えます。死を忌避しより死を見ないように生きているように思えるのです。
今後の社会を担う世代にも葬儀というものを理解してもらい、葬儀というものを執り行ってもらわなければならないのです。
日本の今の葬儀というものは葬儀業者なしで行うことは非常に難しいものです。そのため葬儀業者に依頼をして執り行うのが当たり前となっています。
しっかりとした葬儀を行うためには葬儀業者をしっかりと見極める目を持つ必要もあるのです。

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