葬儀は誰のために、変わりゆく葬儀に対する感覚
世界中で多くの葬儀の形がある
葬儀というものは誰のために行うものなのでしょうか。世界中を見渡してみると、民族、宗教、文化、風習は違えども、多くの地域で葬儀が行われています。一方で動物は高度な知能を持つものの中には仲間の死を悼む生き物もいます。しかし、人間のような形で、葬儀や埋葬を行う生き物は他にはいません。埋葬は行うものの葬儀や法要にあたる儀式を行わない人々も中にはいますが、ほとんどの民族では何らかの形でお葬式というものを執り行っているのです。
では、人間はなぜ葬儀というものを作り出したのでしょうか。
宗教はなぜ葬儀の役割を引き受けることになったのか
多くの葬儀・葬式というものの背景には宗教があります。宗教というのはかつての学問でした。身の回りの理解できないものに対しての説明を行うためにストーリーを作り上げ、その中で最も適切であると思われたものが伝えられてきたのです。多くの宗教の創生記には神が登場します。この世の生き物には到底作り上げられない大地や空そして海などの広大な自然を、人間をはるかに超えた神という存在が作り上げたと考えたのでした。
同様の能力を遥かに超えたものとして死があります。人間の致死率は100パーセントであり、死は人間にとって超えられないものなのです。また、人間はその死というものの向こう側を見ることができません。
そのため、その死というものを取り扱うにあたって、宗教の造り出した物語というものがその役割を担ったのでした。
そのため、現在でも葬儀を行う際には宗教というものが非常に大きな意味を持っているのです。
葬儀は死を悼むという役割も果たしていた
葬儀というのは、死の向こうに故人を送るために行われるものでした。死の向こう側というものが宗教によって語られていたため、その方法というのは宗教的なものとして行われたのです。
また、葬儀にはもう一つの役割もあります。それは遺された人たちの悲しみを和らげるという役割です。これは葬儀を執り行い、故人との別れの時間を設けることによって、死というものに区切りをつけ、そこから前に進むために行われたのです。
葬儀はより実利を求めた形に変化している
以前の日本の葬儀は宗教的儀礼としての意味合いが強く、滞りなく葬儀を進めるということをソトに向けて示す「開けた外向きの葬儀」が行われてきました。
しかし、その宗教的意味合いや伝統的な習慣が少しずつかすんでいくにつれて、葬儀の意味は変わっていきました。葬儀はソトに向けて行うものではなく、ウチに向けて行うものであり、故人をあの世に送り出し、遺族の悲しみを癒すという役割が重点として考えられるようになってきたのです。そのため現在の葬儀は少しずつ形態を変え「閉じた内向きの葬儀」になってきています。
最近よく行われるようになってきた家族葬は従来の葬儀と儀礼的な面では大差ありません。しかし、葬儀の参列者が故人に縁の深い遺族や親戚、ごく親しい友人だけになっているのです。
現在は社会的なつながりや、所属や個人といった感覚が以前とは変化してきています。そうした流れに沿って、少しずつウチに向けた葬儀の形が増えていくのかもしれません。





