葬儀に見る日本人の宗教観
日本人は無宗教なのか?
現在の葬儀に対する意識を聞いてみると、年齢によってその感覚というものは異なるようです。高度情報化社会となり、多くの情報が簡単に手に入るようになった現在、非常に多くの情報が自宅にいて瞬時に手に入るようになっています。
ある調査では、先進国のひとつであるアメリカでも25パーセント近くの人が無宗教であるということを公言しているという結果が出ています。
特に無宗教であると答えた人は若年層になればなるほど多いようです。宗教というのはもともと人間の知恵に及ばないことを説明するためのものであり、それを物語やある一定の教義によって説明するものでした。
日本でも、仏教や神道を中心に土着や海外から輸入されたものまで多くの宗教が信仰されてきました。人口の多くが無宗教であると公言している日本人でも身近なところに宗教というものが溢れているのです。
身近な宗教施設と信仰心の深い日本人
日本の場合、非常に多くの神社仏閣などの宗教施設があります。普段特に意識することのないこうした施設ですが、しばしばこうした施設を訪れることがあります。
例えば散歩のときや通勤通学のときに神社に参拝することがあります。また多くの受験生は合格祈願としてそうしたご利益があるとされる神社や寺院に参拝しています。そこではみな、古くからある慣習に従って、手水で口と手を清め、賽銭を投げ、手を合わせ、礼をします。こうした行動には合理的な行動理由があるわけではありません。しかし、自然に慣習に従いこうした行動を行っているのです。
そんなに信心深くない人であってもお正月に初もうでに行く人がほとんどでしょう。おそらく生まれてこの方初もうでに一度も行ったことがないという人はほとんどいないはずです。
こうした行動というのは宗教行為のひとつであり、わたしたちの生活に深く根付いているのです。
葬儀というほとんどの人が行う宗教行為
葬儀もひとつの宗教的儀式です。遺体を処分するという行動を機能的な面だけ行うのであれば、死亡を確認したあとでできるだけ早く遺体を火葬もしくは土葬する方が良いでしょう。しかし、実際にはほとんどの人が火葬を行う前に何らかの形でお別れの儀式を行います。これも初もうでと同じように無意識に行っている宗教儀式なのです。
同じ葬儀という儀式なのに定型なものはない
葬儀の形というのは千差万別です。従来の定型的な葬儀の形を望む人もいれば、より簡素な形を望む人もいます。家族葬というのもそうした消費者が望むひとつの形です。儀礼的に葬儀を行うことよりも、故人に別れをするという行動を優先した結果なのでしょう。
十年ひと昔というように、物事の慣習や考え方というのは一世代で大きく変化して行きます。1980年代ごろまで行われていた葬儀の形というのは現在あまり見受けられなくなってきました。2010年代以降増加しつつある家族葬という形もこれから30年が経過すれば大きく変化しているかもしれません。





